私は平成24年に亡くなった祖母を今でも敬愛しています。
祖母は生涯の最後の時間を費やして、私に人の生き様を教えてくれました。
貧乏しながら女手ひとつで母を含め5人の子供を育てた祖母。
自分が苦しくても、人の為に働いた祖母。
『神さんはいつも見てる』
これは祖母の体験から出た口癖だったのかも知れません。
祖母の病室には必ず毎日、誰かがお見舞いに来ていました。
看護師さんに『毎日お見舞いにたくさん人が来ますけど。偉い方ですか?』と訊ねられて、『いいえ、普通のおばあちゃんです。』と笑った憶えがあります。
お見舞いに来る人の数は、祖母が人のために働いた証でしょう。
祖母の隣の病床には、老婦人がおりました。
祖母はその方を見て『昔は商売でゴウツクして儲けたけど、今は誰もお見舞いに来ない。家族も来ない。もう自分が誰かもわからないみたいだよ。』と呟きました。
そこにおいて私は2人の老女の、対照的な人生の終焉の相を目の当たりにしました。
『あんたは大丈夫。本当にいい子。私の子供も孫も、みんないい子。私は本当に幸せ。』そう言い続けて祖母は旅立ちました。
その死に顔の安らかで満足な美しさ。
お葬式には150人を超える人が参列してくれました。
最期の時に、その人の生き様を見る。
祖母は多くは語りませんでしたが、私は多くのことを学びました。
ばあちゃん、ありがとう。